びぃずの映画な日常

映画の感想を書きます。あくまで個人的な感想ですので悪しからず。

AKIRA

第三次世界大戦を経て時は2019年、新首都「ネオ東京」では反政府ゲリラと軍(アーミー)の衝突が続いていた。

不良少年の金田は仲間達とともにオートバイでの暴走に明け暮れていたが、仲間の一人である鉄雄が事故を起こしてしまう。

鉄雄は警察に連れていかれ、金田達も取り調べを受けることに。

金田達は程なく解放されたが、鉄雄はなかなか帰ってこない。

鉄雄が連れていかれたのは軍の研究施設だった。

実は鉄雄は事故をきっかけに不思議な力に目覚めていて……?

 

 

先に漫画を読んだのですが、個人的には漫画よりこのアニメ映画の方が好きです。

確かに尺の問題でかなり端折ったという印象は受けますが、映画は漫画をブラッシュアップしてよりよくしたもののように感じます。

(実際には原作が完結していない状態で制作された映画ですが。)

正直に言うと私は漫画の方はあまり好きではありません。

キャラクターが宙ぶらりんに感じられ、その割には要素が乱立していてテーマが不明瞭だと思いました。

漫画の方は序盤に金田達の関係性があまり描かれず、金田や鉄雄の動機があやふやに感じました。

漫画でも後から鉄雄が金田にコンプレックスを持っていることが語られましたが、後付けに見えました。

映画だと最初から鉄雄の考えが描写されていますし、リーダー気質の金田といつも金田に助けられることに劣等感を覚えている鉄雄という関係性が早い段階から明確になり、その後の二人の行動に違和感がないです。

他に、AKIRAでは超能力と人間社会の動静が描写されています。

私は漫画版は人間社会の動静の部分を描きすぎていると思いました。

少年同士のいざこざから始まって、ネオ東京が消し飛んで大帝国東京が勃興してミヤコ教団と対立したり米兵が来たりというのは話を壮大にしすぎているのではないかと思います。

映画はそこが抑えられているということでまとまりを感じました。

(ただ、原作者の方は「廃墟からオリンピックまでの昭和の東京を描こうとした」と語っていたそうで、本当はこれこそが物語の核なのかもしれません。だとしたらもっと抑え目で良かったという私のレビューは的外れになるのですが。)

 

映画版は、「人間の可能性」というテーマを、少年が超能力を持つ物語を通して描いていると解釈しています。

アキラの力は誰もが持っているものであると作中で語られました。

能力に目覚めるのはリーダー格の金田ではなく鉄雄であることでそれが強調されています。

個人的には、AKIRAを知る前はとにかくバイクを乗り回すハードボイルドな作品だと思っていたので意外とスピリチュアルな内容で驚きました。

観ているときは、映画の尺なら宗教要素は丸々カットしても良かったんじゃないかと感じました。

しかし、多分、アキラの力というのは仏教でいう悟りみたいなものだと思うので、少しは入れたかったんだろうなぁとも思います。

 

ストーリー面は以上ですが私が映画の方が好きな理由はもう一つあります。

それはAKIRAの内容だと漫画より映像の方が表現媒体として適していることです。

AKIRAのアクションは漫画よりも映像向きだと思います。

殴る蹴るのアクションなら漫画もいいですが、AKIRAではバイクに乗ったり銃を撃ったり建物が壊れたりといったシーンが多く、実際に絵が動いていて音が付いている方がいいと思いました。

人間の体というのは写真で瞬間を切り抜いたとしても運動している筋肉の形が動きを伝えます。

服も着ている人の動きに忠実に変形します。

しかし、動いている機械や建物などが壊れる瞬間を絵に描くと止まっているように見えてしまい、いくら絵が上手くても迫力が半減してしまうと思います。

 

リメイクについてですが、ハリウッドで制作が企画されるも何度も頓挫しているようですね。

実写もいいと思いますが、やはりアニメでリメイクして欲しいなぁと思います。

88年版でも上手くまとめてあると思いますが、後半になるにつれて駆け足感が否めなかったので、出来れば3時間くらいの長さで作るか二部構成が望ましいと思います。

ただ、特にアニメでのリメイクとなると、88年のものでもアニメーションの出来が良すぎるのでハードルは著しく高いものになると思います。

しかしやはりリメイクするならアニメ映画で観たいです。

ハスラーズ

祖母を養うためストリッパーとなったディスティニーはトップダンサーとして活躍するラモーナと出会い親交を深めていく。

初めは冴えないデスティニーだったが、仲間達の手ほどきを受け、仕事は充実したものに。

しかし2008年のリーマンショックで状況は一変、彼女達にも不況の波が押し寄せた。

「人々は苦しんでいるのになぜ経済危機を引き起こした金融マン達は変わらずに豊かな暮らしを続けているのか?」

ラモーナは彼らからお金を騙し取ることを企てる。

ことは順調に運び裕福な生活を取り戻した彼女達だったが、次第に詐欺行為はエスカレートしていき……?

 

 

主演の一人のジェニファー・ロペスには歌手のイメージがありました。

しかしデビューアルバムは30才くらいになってからなので、女優としてのキャリアの方が長いんですね。

あと歌手デビュー前にジャネット・ジャクソンのバックダンサーもしていたからダンサーでもあるらしい。

登場シーンのポールダンスが迫力満点でインパクト大でした。

カリスマ性抜群のポールダンサーの役がハマっていたと思います。

内容については、観るまでは予告編の印象から悪い金融マンから金を巻き上げるアンチヒーロー的な映画かと思っていましたが、実際は青春映画のようでした。

テーマは“友情”でしょうか。

それと、デスティニーが言っていた「傷ついた人は人を傷つける。」も。

クライム映画という分類になるのかもしれませんが、犯罪がどうこうというストーリーではないように思いました。

いい悪いの問題ではなく負の連鎖であって、ストリッパー達が金融マンをとっちめる話でもストリッパーが悪いという話でもない。

そしてその負の連鎖は友情をも破壊する。

見ていたら若い頃のことを思い出す人もいるかもしれません。

仲間達とゲラゲラ笑って謎の一体感があって、精神の深いところで繋がっているような子供の頃の感覚が蘇るようでした。

(一般的には若い頃に限らないかもしれませんが個人的には昔のことを思い出しながら見ていました。)

ストリップだとか犯罪だとかガワは抜きにしてエッセンスだけなら共感できる人も多いのではないでしょうか。

結構普遍的なものを描いていると思います。

やはり、人が何人か集まると状況によって問題が発生して仲がこじれて……ということがあると思います。

それも含めて友情ですし、最後に変に更生を強調したり記者を正義のペンのように描いたりせずに、ラモーナがデスティニーの写真を大切に持ち歩いていることをラストに持ってくるのがブレていなくていいと思いました。

一観しただけだと、ストーリーが特に破綻したり主題から逸れたりということはなかったように思います。

ラモーナの、母親であることに関する発言が最後に効いてきて感心しましたし、煌びやかで荒れた世界を描いてる割には堅実な脚本であるように思います。

(物語の序盤で絶好調な時のラモーナが「母親はクレイジー」と発言します。

そんなラモーナも犯罪に手を染めて荒んでいって、しまいには娘のために取引に応じるデスティニーに掴みかかるのですが、その時に自分の「母親はクレイジー」発言を思い出して我に返りました。

そこが上手いと思います。)

ラモーナが徐々に荒れていくのもまた、上手く描かれていたと思います。

お金を騙し取るのも最初は結構順調なのですが、雑に仲間を増やしたり犯罪行為のエスカレートについていけなくなって仲間が去ったり、段々ラモーナもチームもおかしくなっていきます。

破滅の仕方も秀逸でした。

相手をよく見ず即席で作った仲間であるドーンと、客でありながらデスティニー達と友人同士のような関係を築いていたダグ。

ドーンを引き入れたこともダグを裏切ったことも友情を軽視する行為でありその二人にチクられてラモーナ達は逮捕されることになりました。

いずれも友情の軽視が破滅に繋がっているのです。

この二人は小道具も交えて表現されているなど、段階的にも重要なポイントとして描かれていました。

デスティニーはクリスマスにラモーナが着ていたのとそっくりなコートをもらうのですが、ラモーナがドーンを仲間に引き入れようとするシーンを最後にデスティニーはコートを着なくなります。

コートは、デスティニーが屋上でラモーナのコートにくるまるところから二人の友情を表す小道具として効果的に使われていました。

ダグも、ダグを裏切ったことをきっかけに、なんだかんだデスティニーには優しかったラモーナがデスティニーに暴言を吐く事態に陥ってしまいます。

“友情”を主軸にして傷つき傷つけ負の連鎖が表現されています。

他にいいと思ったところはディスティニーが記者にインタビューを受けている形で物語が進んでいくところです。

最初は余計だと思っていました。

しかし、デスティニーとラモーナの関係性をしっかり描くために出会った頃から友情が破綻していくところまで順を追って語られていくため、インタビューを受けている体でないと性急に感じられてしまうと思います。

実際にも、人に話すのであれば数年単位の出来事でも適当に端折って話します。

そのため、数年の出来事を二時間以内にまとめてもあまり忙しなく感じませんでした。

更に、ラモーナと疎遠になってからも月日が経ってるのでラストシーンが効いてきます。

あと、記者に話している現実の時間軸を挟むことで、ラモーナとの関係が拗れることを早い段階で出せていたのも良かったと思います。

一つは、「今のところ仲良いのに二人はどうなってしまうんだろう。」と観客に思わせることで注意を引くことができます。

もう一つは、そのままストーリーを追うのでは友情が破綻してから和解(?)まで間が少なくなるのでインパクトが薄れてしまいますが、早い段階で二人の疎遠を受け手の頭に入れておくことによってラストシーンをより印象付けることができます。

逆に、よくないと思ったところはポスターにでかでかと載ってる割にはカーディBやリゾの登場シーンが少なかったことでしょうか。

カメオ出演であるわけですが、正直ちょっと残念。

事情を知らない人は違和感を覚えてしまうでしょう。

あとは、あまり革新性が感じられなかったところです。

ほとんど“男性の恋愛相手”としてしか表現されない女性を、男性との関係抜きで表現したのは革新的であるかもしれませんが、それ以外のところは特に新鮮さがありません。

「女性版グッドフェローズ」という感想がよく聞かれますが、まさにそれで、今まで男性でやっていたことを主要キャストを女性にかえてなぞっただけに見えます。

確かに、創作物に溢れ、出尽くし感がある昨今で全く新しいものを作れなんて無茶言うなよという感じですが、もう一押し欲しいなとも思いました。

丁寧に作られてるとは思いますが、良作の域を出ないかもしれません。